日々翻訳

出版&映像翻訳者・川岸 史の仕事情報を掲載するページ。ドイツ語と英語の翻訳をしています。

なろうと思った理由

「なぜ翻訳者になろうと思ったの?」と聞かれることがときどきあります。

たしかに不思議といえば不思議なもの。

それについて、昔を思い出しながら少し書いてみることにします。

 

私が初めて翻訳者という職業を身近に感じたのは、大学一年生のとき。

英語の授業中のことでした。

そのとき確か前後に座っている者同士でペアを組み、お互いを英語で表現しあうという授業内容で、そのときペアを組んだ女の子が「将来は映像翻訳者になりたいんだ」と言っていたのです。

 

「えいぞうほんやくしゃ……って何?」と私は聞いたような気がします。

彼女はこう答えました。「ほら、戸田奈津子さんみたいな。映画に字幕をつける人」

「ああ! 戸田奈津子さんなら知ってる!」

「なるのは難しいと思うけどね。字幕翻訳って一年間に400本くらいしか仕事がなくて、それを20人の翻訳者で分け合ってる状態なんだって」

「てことは、日本に20人いれば事足りるってこと?」

「そうなの。狭き門でしょ。でもね、なりたいから頑張るんだ」

まさか自分がそれを目指すことになるとは、当時は思ってもみませんでした。

ただこのとき、「翻訳者を進路のひとつとして考えてもいいんだ」という種が私の中に蒔かれました。

 

それから毎日映画を観たり自主映画製作に参加したりといった日々を送っているうちに、あっという間に三年の秋冬になり、周りの友達が就活を始めたころ、ようやく私は「仕事どうしよう」と考えはじめました。

当時は就職氷河期で、とにかく就活が大変だと先輩達から聞いていたので、自分がそこに参戦したところでどうにもならないだろうという気がしていました。

とはいえ何かしらの仕事には就かないといけない。

でも自分に何ができるのか分からない。

 

うんうん唸りながら考えた結果、とにかく何でもいいから映画関係の仕事に就きたいと思いました。映画が好きだったからです。

でも配給会社は大手しか新卒をとってないからまず無理。では邦画の現場に入ってスクリプターや車輌やヘアメイクや小道具といった何かしらの仕事に就く? 私にその道の適性があると思えない。では映画関連書籍を発行している出版社、たとえば大好きなシネレッスンシリーズを出しているフィルムアート社はどうだろう……ってそこも新卒募集してない。

 

そんなことを考えているとき、当時映画を観るためよく訪れていたアテネフランセ(最上階がミニシアターになっている)で、たまたま映画美学校の字幕講座のチラシを見つけました。庵野秀明ばりの極太明朝体で「字幕翻訳者養成講座」と書かれていて、妙に迫力がありました。

 

席につき、上映開始を待つ間、そのチラシをじっと見つめながら考えたのはこんなことです。「イギリスとドイツに(短期だけど)留学したから、英語とドイツ語は多少できる。実力的にはまだ足りないだろうけど、今から死ぬほど勉強したら、もしかしたらずっと映画のそばにいられるのかもしれない」

 

そのあとすぐに申し込みの電話をしたのですが、確かそのとき一月か二月で、四月始まりのその講座は定員に達して募集停止していました。

 

「人気があるんだなあ」と思いつつキャンセル待ち希望の旨を伝えると、しばらくしてから一人分キャンセルがあったので入れるとの連絡が。

 

そうして大学四年の春から、その字幕講座に通うことになりました。